3歳のとき小金井市へ
1943年(昭和18)、3歳のときに小金井市にある旧国鉄官舎に引っ越してきました。武蔵境駅を過ぎて東小金井駅に着く少し前に右手に大きな変電所が見えてきます。その北側に隣接する官舎です。
東小金井駅ができたのはずっと後の1964年(昭和39)のことで、僕が大学留年中のことです。
当時は武蔵小金井駅より武蔵境駅のほうが近くて最寄り駅でした。
太平洋戦争が日本不利に傾いた頃で、翌年の11月にはB29が中島飛行機武蔵製作所を爆撃し東京都下への空襲が始まりました。庭に防空壕が掘られて空襲警報が鳴ると家族で急いで防空壕に逃げこみました。
そのうち、変電所は爆撃されないといううわさが流れ、防空壕に逃げこまず、庭に出て空中戦を見あげていました。夜間の空中戦は曳光弾が赤い点線のようできれいでした。爆撃されない理由は、変電所を破壊すると広範囲の鉄道がマヒし、占領してから困るというものでした。