
毎日に、新しい楽しみをプラス。中央線沿線の街にちりばめられた、気軽に取り入れられる習慣や長く続けられる趣味など、その魅力をよく知る人たちの話をきっかけに、知らない世界へ一歩踏み出してみませんか?
あなたの暮らしをより豊かにする“エッセンス”を提案します。

武蔵境駅国立駅
服を長く大切に楽しむ|誰かの時間が刻まれた一着を選び、自分に合わせて直しながら着てみよう。
服は、新しいものを選ぶことだけが魅力ではない。誰かから受け継いだり、直したりしながら着続けるという選択肢もある。今回訪ねたのは、ヨーロッパで買い付けたヴィンテージを扱う『caikot(カイコ)』と、あらゆるアイテムのリペアやリメイクを請け負う『服飾工房 sew color factory(ソーカラーファクトリー)』。それぞれ、服とどんなふうに向き合っているのか話を聞いた。
この記事の目次
あなたのクローゼットには何がありますか?

『caikot』で販売するチロリアンスカート。
でも、中央線沿線は個性的な古着店やセレクトショップが多く、さまざまなカルチャーを身近に感じられるエリア。せっかくなら、ストーリーを語れるようなとっておきの一着を持ってみたい。流行りじゃなくても、愛着が湧くものがほしい。クローゼットをのぞけば、ほつれてしまったセーターがあるし、譲り受けたものの着ていないジャケットもある。お気に入りの服と出合い、それを長く大切に楽しむにはどうしたらいいのだろうか。
ヴィンテージや古着とリペア・リメイク、それぞれの視点から探ってみよう。
国立『caikot』で知った、歴史を重ねてきた服の魅力

1970年代築の建物だとか。
「一軒家をセルフリノベーションしました。天井を抜いたり、近所の解体現場でもらってきたサッシを再利用したりしているんですよ」と出迎えてくれたのは、店主の黒田ひろみさん。
2008年にオープンした『caikot』はもともと根津・谷中エリアにあり、2016年に現在の場所に移転した。扱っているのは、ヨーロッパ各地を旅して買い付けた1900年代初期から70年代までのヴィンテージ古着だ。

店内に立つ黒田さん。「当時の生活を想像するのが好き」だという。
「それまでは、自分にしっくりくる服になかなか出合えていなかったのですが、そのセーターはとても質がよくて、こういうものが世の中にあるんだ!と衝撃を受けたんです。そこから知れば知るほど、服はつくられた場所の風土や時代背景と結びつきがあるとわかりました」
イギリス古着のお店に勤めて勉強を重ねた後、自身の店を開業。現在も年に1〜2回は現地へ買い付けに行くという。特に訪れるのが好きだったというフランスでは、買い付けに協力してくれる夫婦と知り合い、服について教えてもらうこともあるとか。

フランスのものがメインで、ブラウスやスカート、靴、バンダナや食器などもそろう。
「当時は街に仕立て屋さんもあったけれど、各家庭でつくるのが普通だったようです。あまり上手じゃないものもときどきあったりして(笑)。思いを込めてつくってあるし、だからこそこうして大事にとってあったのだと思います」
ブラウスひとつとっても、シルエットや袖のつくり、襟の形など、表情はさまざま。じっくり見ていると、ほつれを止めてあったり破れを縫い合わせてあったりと、直した跡を見つけることもある。何十年も前、遠いヨーロッパの地で暮らしていた持ち主のことを思うと、デザインや質感だけではないぬくもりを感じられる。

途中で刺繍が終わってしまっている布も!

刺繍のパターンを記すためのスタンプも、実際に使われていたものを販売。
「ヴィンテージには上質なもの、工夫を凝らして丁寧につくられたものが多く、見ていて飽きません。今でも買い付けに行くたびに発見があって、その感動を伝えたいと思っています。自然とまた袖を通したいという気持ちになっていただけたら」
服が重ねてきた歴史を知り、心の底から「いい」と感じるからこそ、また着たいと思える。そんな一着との出合いこそ、ヴィンテージの醍醐味なのだ。
DATA
服に新たな命を吹き込む、武蔵境『服飾工房 sew color factory』

交差点に面した角地のビルの4F。
「文化服装学院で洋裁を学んだ後、20代前半の頃にお直しの店で働き始めたのをきっかけに、この仕事一筋です。最初は軽い気持ちで始めたアルバイトだったんですが、おもしろいものですね」と櫻井さんは笑う。
小売店やセレクトショップからサイズ調整の仕事などを受けていた期間が長かった櫻井さん。新品ではなく長く着た服を扱うようになったのは、個人のお客さんの依頼を受けるこの店を開業してからだという。
「お客様とは時間をかけて話し合い、イメージを汲み取りながら最適解を探していきます。難しさもありますが、それがまた新鮮で楽しい。形見などは替えがきかないので、どんなハイブランドよりも緊張感がありますね」

作業をする櫻井さん。
印象に残っているという依頼の一つが、ダウンジャケットのフルサイズダウン。冬山にも耐えられるようなアウトドア用のものをタウン着として着たいという要望だった。「一度ダウンを減らすという工程を経てから再度フィッティングし、改めてサイズの調整をしました。お代をいただいて勉強させてもらったと感じるほどいい経験でした」。
また、おじいさんが着ていたトレンチコートを自身が着るためにリメイクしたいという依頼もあり、その際もフルサイズダウンの大仕事。納品した後、お客さんから「いい仕事してますね」という言葉を掛けてもらったそう。「それがすごくうれしかったのを覚えています。職人冥利に尽きますね」と振り返る。

店のカウンターには、櫻井さんが好きだというドイツの写真家、アウグスト・ザンダーの写真集が。
服のお直しをしてくれる店はよく見かけるが、受付からピン打ち、型紙に裁断、縫製まで、一連の工程をすべて手掛ける店はそう多くない。実際に必要な作業や完成形まで思い浮かべながらお客さんと対話できるのも、櫻井さんの強みだ。
「糸と針があればできそうなことはなんでもできるので、まずは門を叩いてみてもらえたら。デザイナーになった気分で相談してください」と櫻井さん。

わざわざ遠方から足を運ぶお客さんも多いそう。
「安く買える服は便利でありがたいのですが、経年変化ではなく経年劣化してしまうものも多い。ゆくゆくゴミになるとわかって着るのは、残念だし寂しいなと思ってしまいます。正解は人それぞれですが、修理の跡がある服を着ている人を見かけると、服を大切にしている人なんだなと僕は思います」
「直さなきゃ」と身構えるのではなく、「こう変えたらもっと楽しく、長く着られそう」と想像してみる。もっと気軽に、発想を変えてみれば、服との新しい付き合い方が始まりそうだ。
現在、浸水被害のため臨時休業中。詳細はHP・SNSをご確認ください。
お気に入りの一着を、自分らしく整えてみる

どんな選択肢があるか説明してもらい、裾上げも検討。
誰かが着てきた時間を受け継いだり、自分の長年の相棒に手をかけたりしながら着続ける。ものを大切にすることは、何かを我慢することではない。自分の気持ちに正直になって好きなものを選び、付き合っていくことなのかもしれない。

『caikot』で買ったオーストリアのバンダナと一緒に。どちらも愛着がひとしおで、古いけど新しさもある不思議な感覚。
取材・文・撮影=中村 こより
上記の情報は2026年9月現在のものです。
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