中央線沿線には、何十年も変わらぬ味を守り続けるラーメンの老舗が数多く存在する。学生時代に通った店、仕事帰りに食べたあの味、家族で囲んだあの一杯——そんな記憶とともにあるラーメンが、今も変わらずそこにある。まっすぐに「うまい」を届けてくれるその姿勢は、時代を超えて愛され続ける理由そのもの。今回は、そんな懐かしくて心にじんわり染みわたる、中央線の老舗ラーメン店を巡る旅へとご案内!
姉妹で引き継ぐ3代目のバトン。今も変わらぬ謹製ラーメン
珍来亭[吉祥寺]
吉祥寺駅北側のハモニカ横丁に店を構える『珍来亭』は、1951年創業の老舗ラーメン店だ。戦後間もない、闇市の雰囲気が色濃い頃に開店し、今も同じ場所でのれんを守り続けている。
現在は居酒屋が多いハモニカ横丁だが、創業当時はたくさんのラーメン店があったそうだ。
「戦前、祖父母が新宿でラーメン屋台をしていたんです。戦後は井の頭公園のほうに住まいを構えたのを機に、店もハモニカ横丁へ。母の代を経て、現在は私たち姉妹で3代目を受け継ぎました」と、姉の飯田恭子さんは話す。
(前列右)姉の飯田恭子さん、(左)妹の園江さん。(後列右)吉池廉さんと(左)大塚康介さん。
看板メニューの「ラーメン」700円は、代々の味を守りつつも時代に合わせて微調整を重ねてきた。スープは豚骨をベースに煮干しと野菜を加えた、まろやかで奥行きのある味わい。あっさりとしながらもコクがある。
昔ながらのラーメン。やわらかいメンマやシャキシャキの小松菜も欠かせない。
麺は創業時からの中太卵麺で、長年付き合いのあった製麺所が廃業してもレシピを引き継ぎ、別の製麺所に再現を依頼。可能な限り創業時の味に近い麺を守ってきた。チャーシューも自家製で、継ぎ足しのタレをベースに仕上げる醤油ダレは、ラーメンだけでなく夜のおつまみメニューにも活かされている。
1階はカウンターのみで、2階にはテーブル席と小上がりの座敷がある。
人気メニューはラーメンとチャーハン。チャーハンは卵とネギ、そして自家製チャーシューの切れ端を使ったシンプルな一皿だが、長年「飽きのこない味」として支持され続ける。
ほかに「油ラーメン」など珍来亭ならではの品もあり、地元客から「ここでしか食べられない味」と親しまれている。特に年配客からは「やっぱりラーメンはこれだ」と愛されており、小さな子どもから、四世代にわたり通う常連もいるという。
油そばの聖地・武蔵境。昭和29年から続く老舗の味
珍々亭[武蔵境]
昼のみ営業のため、近隣の亜細亜大学の学生やサラリーマンが常連客の中心。長年通う常連が多いのも、1954年に創業した『珍々亭』らしいエピソードだ。
武蔵境の街も、『珍々亭』とともに変化を遂げてきた。高架下の開発が進み、駅前は整備されて北口のロータリーもすっかり機能的な空間へと更新されている。
住宅街の中にある店舗は、オレンジと白のストライプ柄で遠くからもよく目立つ。
『珍々亭』は、油そば発祥の店として知られている。「もともとは工場帰りの人々に親しまれる定食屋としてスタートしました。当時は夜も営業していて、仕事を終えた工員さんたちがお酒を飲みに来る。だから、おつまみになるものとして考案したのが油そばだったんです」と3代目店主の小谷修一さん。
「油そばのテイクアウトもできますよ」と話す店主の小谷さん。
初代店主の祖父が本郷の中華料理店で修業をしていた時に、中国人のおかみさんに教わった“和え麺”をヒントにアレンジしたという。以来、70年あまり3代にわたってその味が受け継がれてきた。
油そばの主役は、三鷹駅から数分の『丸八製麺』に特注するもっちり太麺。ラードと醤油ベースのタレを絡め、卓上の自家製ラー油や酢を加えて味の変化を楽しむのが定番だ。
「油そば並」950円。卓上調味料で“マイアレンジ”も楽しめる。「ラー油7:お酢3が好み」という小谷さんのアレンジも参考にしたい。
ラー油は一味唐辛子を白絞油で炊き上げる昔ながらの製法で、創業当時から変わらぬ自家製。チャーシューの煮汁と醤油を合わせた特製ダレと麺の甘みが重なり合い、一度食べればやみつきになると評判だ。また、鶏ガラや豚骨、干しエビや香味野菜を合わせて仕込む「ラーメンのスープ」50円をオプションでオーダーする人が多い。
醤油が利いた昔ながらのチャーシュー。やわらかいが、噛むとみっしりとした繊維質を感じる。
昭和の雰囲気を残す店内。
「街は便利になったけれど、昔ながらの飲み屋や商店が残っているのも武蔵境の魅力」と小谷さんは語る。緑豊かで都心へのアクセスも良いこの街で、『珍々亭』は変わらぬ味を提供し続けていく。
眠らない街・新宿で昼夜提供し続けてきたラーメンの味
昌平 新宿西口店[新宿]
新宿西口に店を構えるラーメン店『昌平』の創業は1978年。40年以上続く名店だ。歌舞伎町で出前をいち早く取り入れて人気を集め、現在は西口を拠点に営業している。店舗の入れ替わりが激しい新宿で長く支持されてきた理由のひとつは、進化を重ねたラーメンにある。
町中華でも店内はスタイリッシュなのはさすが新宿! 2階は全57席あり、貸し切りも可能。
看板メニューの「ラーメン」750円は、サバ、イワシ、カツオなどの「節」に「豚ゲンコツ」、「鶏モミジ」と「牛骨」を合わせた“クアトロスープ”。ひと口目に魚の香りが立ち、後味はバランスよくまとまる奥行きある味わいだ。これに合わせるのは、店内の製麺室で毎朝仕込む自家製の平打ちちぢれ麺。高級小麦「特ナンバーワン」と群馬産鶏卵を使用し、もちもち食感でツルリとした喉越し。
自慢のクアトロスープは、香りも良く、旨味・甘み・とろみ・コクの4つを兼ね備えた特製だ。
チャーシューやメンマなどの具材も自家製で、継ぎ足しのタレを使うなど丁寧な仕事が光る。創業当初から提供するチャーハンや餃子のほか、豚肉の黒胡椒炒めやレモン鶏など一品料理も健在で、懐かしさと独自性をあわせ持つ。
麺はたっぷり250gあるが、良心的な価格に頭が下がる。
「昼はラーメンやつけ麺がメインですが、夜はレバニラや炒め物を肴にお酒を楽しんでいただき最後にラーメンで締めるお客様が多いですね。お1人さま2000円(2名からオーダー可)からのコースメニューもあるので、会社帰りの一杯だけでなく貸し切りの宴会で利用される方も多いですよ」と2代目店主の吉田拓郎さん。
吉田さんと奥さまの悦子さん。
「うまいものを出したい」という思いを軸に、味を磨き続けてきた『昌平』。食堂であり居酒屋でもありながら、核となるのはラーメンだ。新宿の街とともにますます味が研ぎ澄まされていきそうだ。
文・撮影(珍々亭、昌平)=パンチ広沢 撮影(珍来亭)=逢坂聡
上記の情報は2025年10月現在のものです。
※料金・営業時間・定休日などは変更になる場合がありますので、事前にご確認ください。
※表記されている価格は税込みです。