歴史ある喫茶の名店をはじめ、レトロな空間や今どきのおしゃれなカフェが集う中央線沿線。喫茶店激戦区と言えるこのエリアの中でも、コーヒーには一家言あり! という店主が営むお店をご紹介。
手回し直火焙煎をしていたり、ドリップ方法で変化する味わいを追求していたり……。一度足を運べば、また行きたくなる魅力にあふれている。
コーヒーは16種。最後までおいしく味わえる心遣いがうれしい
一六珈琲店[立川駅]
オープンから2023年で19年目に入り、街並みにすっかり溶け込んでいる。老舗の風格が漂う店内は老若男女のお客さんでにぎわい、休日になると外のベンチで席が空くのを待つ人も。イスに腰を下ろすと、その空間に満ちている和やかな雰囲気に包まれてほっと落ち着くのだ。
コーヒーはポットで提供され、1杯分、1杯半分、2杯分と3種類の量が選べる。途中でコーヒーを温め直してくれるうれしいサービスも。「ゆっくり過ごしてもらいたいので、最後までコーヒーをおいしく楽しんでいただけたら……」と、店主の田中誠一さん。
コーヒー豆は16種類揃い、スペシャルティコーヒーのシングルオリジンのほか、ブレンドも用意。バランスの取れた味わいなら……と田中さんがすすめてくれたのは、いちろくブレンド(カップ1杯半810円)。ほどよい甘みとコクが引き立ち、ほのかな苦みも感じられる。
コーヒー豆は直火式で、手動で焙煎を行う。それほど大きい焙煎機ではないので、一度にできる量は約700g。「豆の種類が同じでも水分量が違うので、それぞれの状態に合わせて火加減や時間を調節できるのがいいですね」。手間はかかるが、豆それぞれの味わいを引き出せるように、少しずつ焙煎することを大切にしている。
自家製ケーキも人気で、日替わりで6種類ほど揃う。ロールケーキやショートケーキなど手がかかりそうなものも多くて驚くが、田中さんが元パティシエと聞いて納得。この日の「くるみとチョコレートのケーキ」920円は、甘さ控えめのチョコクリームはまろやかで、ナッツの歯応えがアクセントに。
「パティシエとしては体力がもたなくて……。でも、デザインをするのは好きなので、アイデアはどんどん浮かびます」と、楽しそうに話す。コーヒーに合う食べものって何だろう? とよく考えるそう。自家製パンを作ったり、食後のコーヒーを楽しんでもらうためにコース料理をはじめたり、なんと生パスタも! 甘いものをちょっとつまみたいときは、ドーナツやマカロン、カヌレなどの焼菓子をどうぞ。
ネルドリップで際立つコーヒー豆の甘みやコクを大切に
A bientôt(ア・ビアント)[荻窪駅]
自家焙煎豆を使い、ネルドリップで抽出するコーヒーは、甘みとコクを際立たせるため深煎りが中心。1杯につき、粗めに挽いた豆を22~24gとたっぷり贅沢に使う。店主の前田真吾さんにとって理想的なフレンチローストの味わいを表現した「ノワール」630円は、ブラジル、マンデリン、ガテマラ、パプアニューギニアをブレンド。豆それぞれの特徴がじんわり広がりながら、やわらかな深みのある味わいが楽しめる。
深煎りのコーヒーと一緒に楽しみたいのは、自家製チーズケーキ450円。修業先の喫茶店の人気メニューで、巣立っていくスタッフは最終日に一度だけ作り方を教えてもらえるそう。濃厚でこっくりとした味わいにきかせたカラメルのほろ苦さが、深煎りしたコーヒーとリンクして相性抜群だ。
コーヒー豆の焙煎には、修業先と同じ直火式の焙煎機を使用。オーダーで表面を赤く塗ったボディが自慢だ。「年数が経つにつれ、焙煎機の内側にコーヒーの煙やタールが付くのですが、それによって味わいのやわらかさが増しているように思います」とは、前田さん。通りからも焙煎の様子が見えるため、登下校中の子どもたちが覗いていくこともあるそう。
コーヒー豆は、スペシャルティコーヒーのシングルオリジン8種類のほか、オリジナルブレンドが2種類。ブレンドには「ノワール」630円のほか、苦み・酸味・コクのバランスがいい「ルージュ」630円があり、キリマンジャロ・コロンビア・ブラジル・ガテマラの4種類をブレンドしている。
もともとコーヒーにあまり興味がなかったという前田さんだが、「たまたま立ち寄った店で飲んだ、コーヒーの甘みに衝撃を受けました」と話す。そこからコーヒーに関わるようになり、2012年にここ荻窪で独立オープンして12年目。取材時にも、コーヒー豆を買い求めるお客さんが多く訪れていて、着実に街に根付いているようだ。
焙煎や淹れ方で変化するコーヒーの深い味わいに浸る
眞踏珈琲店[御茶ノ水駅]
扉を開けた瞬間、壁を埋め尽くす本に圧倒される。本の9割ほどは、店主・大山眞踏(まふみ)さんが今まで読んできたもの。有名作家の文学作品から、マンガ、詩集までジャンルが幅広い。「子どもの頃は娯楽が本ぐらいしかなくて、フランス文学は小学校の間に読み尽くしました」と言うほど、無類の本好き少年だったという。
1階はカウンターのみ。常連客たちとの和やかな会話が繰り広げられているバーのような趣だ。2階は静けさに包まれていて、小さめのテーブル席で静かに読書に耽る人が多い。
コーヒー豆は、ブラジルサントスNo.2スクリーン19。15年ほど前に大山さんがほれ込み、のちに働くことになる青山の『蔦珈琲店』で使われているものと同じだ。「仕事のあとに立ち寄るのが日課でした。蔦珈琲店の定休日が月曜になったときは、自分の仕事の休みも月曜に変えたぐらい好きでしたね」と、大山さん。琥珀900円をオーダーすると、ポトポトと水滴を落とすように、丁寧にじっくり抽出する。「扱うコーヒー豆は1種類だけなのですが、焙煎具合、豆の挽き方、ドリップの仕方で味が驚くほど変わるんです」。
基本のコーヒーは、100ccで提供される琥珀(こはく)900円と50ccで提供される眞紅(しんく)1200円の2種類。琥珀をいただくと、キリッとした飲み口の中に苦みをしっかりと感じつつ、次第にコクのある味わいへと変化。締めくくりは、やわらかい甘みの余韻にうっとりしてしまう。コーヒーに合わせた季節のレアチーズケーキに添えられたフルーツは、今の時期はイチゴ。土台に使われたオレオクッキーの苦みがコーヒーと口の中で一体化し、まろやかな味わいに導く。(写真のケーキセットは1450円)
15時間かけて抽出する水出しコーヒーの水瑠璃900円は、濃縮されたようなとろりとした飲み口。苦みと酸味がキリッと主張し、すっきり感とやわらかさを併せもち、まさにウイスキーのようなアルコールを飲んでいる気分になる。確かに、琥珀と同じ豆だとは思えない。
なぜ競合店の多い神保町を選んだのかという質問をよく受けるという。大山さん曰く、「喫茶店に馴染み深く、本との親和性も高い街ですよね。自分自身は競合というより、仲間が多いと感じています」。実際、『さぼうる』、『ラドリオ』、『ミロンガ・ヌオーバ』など名店をはしごして来る人も多いそう。扉を開けた先にある、日常と別世界のような空間や濃密なコーヒーの味わいを知ったら、もう抜け出せない。
中央線コーヒーフェスティバル 2023 Spring
~東小金井に中央線沿線を中心としたこだわりのコーヒー屋さんが集結~
中央線沿線や多摩地域のコーヒー屋さんを中心として、お店自慢のコーヒーの飲み比べが楽しめる「中央線コーヒーフェスティバル 2023 Spring」を開催します。本イベントでは、コーヒー以外にも焼き菓子や珈琲関連雑貨など、約30店舗が日替わりで出店するほか、コーヒーをテーマとした親子でも楽しめるイベントを実施します。
個性豊かなコーヒーとともに、優雅な春のひとときをお楽しみください。
【開催日時】
2023年4⽉22⽇(土)・23⽇(⽇)
11:00~17:00
※小雨決行・荒天中止
【開催場所】
コミュニティステーション東小金井
【入場料】
無料
【特設サイト】
https://chuosuki.jp/event2/chuo_coffee/
取材・文=井島加恵 写真=オカダタカオ
上記の情報は2023年3月現在のものです。
※料金・営業時間・定休(休館・休園)日、イベント内容・期間などは変更になる場合がありますので、事前にご確認ください。
※表記されている価格は税込みです。